遺言公正証書

遺産相続, 遺言書

遺言公正証書とは、公証役場で遺言者が公証人と証人の前で遺言の内容を口頭で告げ、公証人が文章にまとめた遺言書です。

遺言者の真意を十分に把握し、遺言内容を法的観点から検討して作成します。

遺言公正証書を作る一歩目

お住まいの都道府県の公証役場(何か所かあると思いますが、同じ都道府県内ならどの役場に相談しても大丈夫です)に電話して「遺言で公正証書を作りたい」と問合せてみましょう。相談後、遺産や相続人の概要を伝えると、次にするのは、人や財産の証明をできる書類の取り揃えです。

公的な書類の準備

公的書類とは、遺言者の印鑑登録証明、相続人の戸籍や除籍、住民票など。財産であれば預金通帳や不動産の登記事項証明書や固定資産税評価証明書などを言います。

戸除籍など

人の証明としては、相続人が誰かを戸除籍等で(※戸籍の取得範囲は多岐に及ぶため割愛します)行います。

財産など

財産の証明としては、遺言者名義の預金通帳や投資信託等の金融商品に関する証書のほか、不動産関係書類ですることになるでしょう(※多額のタンス預金などの取扱については割愛します)

生命保険

生命保険の証書は、公正証書作成時に必要はありません(※生命保険金の取扱は、贈与税や相続税法上たいへん複雑なため、違う章で触れることとして、ここでは割愛します)

印鑑登録証明書

手元に実印はあるけど、印鑑登録カードを紛失し、市区町村役場で印鑑登録証明書の交付を受けられないときは、実印をもって役場窓口へ行き、その実印の廃止届・新しく印鑑登録申請する届けを同時に行うことも出来ます。この場合、持参した「過去の実印」を、再度新しい実印として申請するこも可能です。役場によって交付までの取り扱いが異なりますから、詳しくはお住まいの住所を管轄する市町村役場にご確認下さったほうが良いでしょう。

相続分・遺留分

遺留分(いりゅうぶん)は、遺産のうち、一定の相続人に最低限確保されている持分割合のことです。

これに対し、法定相続分(ほうていそうぞくぶん)とは、民法に定められた、遺産(相続財産)を相続する割合のことです。

人や財産の証明を行った次に、遺留分や法定相続分を、民法の規定に基づいて確認します(※遺留分や相続分の概要は大きな図解となってしまうため、ここでは割愛します)

遺留分がある相続人(配偶者やお子さんなど)には、遺留分を下回る遺産額になると後々揉め事になることもあります。ですので、遺留分に関係なく分けたい場合は、生命保険契約、生前贈与と相続放棄の併用、相続人にならない近親者(長男の嫁など)に生前贈与するなどの方法があります(※このほか、遺言書を2通以上など複数作成し、それぞれの遺言書について、遺言執行者の記載部分などに合法的に創意工夫を加え、誰が何を相続したかなるべく知り合わないようにすることも出来る場合があります)

なお、遺留分がない相続人(兄弟姉妹や甥姪など)は、特定の1人に全部を相続させる遺言公正証書としても、基本的に法的な問題は生じません。

代襲相続の範囲

直系(父母・祖父母・・・、孫、ひ孫・・・)は、何世代でも代襲相続人となります。

一方、兄弟姉妹が相続人の場合、甥姪までが代襲の範囲となります(甥姪の子は代襲人とはなりません)。

遺贈

遺贈とは、亡くなった人の遺言書に基づいて、その人の財産を法定相続人以外の人や団体に無償で譲ることです。遺贈する側を「遺言者」、受け取る側を「受遺者」といいます。

遺贈には、財産を具体的に指定して譲る「特定遺贈」と、財産の全部や半分、何%というように、割合のみを指定して譲る「包括遺贈」の2種類があります。

特に、事実婚(内縁関係の方)の夫婦間での遺産を承継することを目的として使われることもあります。

死因贈与

死因贈与とは、贈与者が生きているうちに受贈者と合意して、贈与者が亡くなったときに特定の財産を受贈者に渡すことを約束する契約です。

遺贈は生前に被相続人が遺言によって財産を渡す相手を決めるのに対し、死因贈与は契約によって決める点が異なります。

特別寄与

生活の支援や療養看護を無償してくれた人へ、遺産を分けるというニュアンスのものです。特別寄与分と特別寄与料の2種類があります。

寄与分は法定相続人だけが対象になり、特別寄与料は法定相続人以外の親族(6親等以内の血族や配偶者、3親等以内の姻族等の条件あり)が対象になる点に違いがあります。

特別寄与料は、相続法の改正により2019年7月1日から導入された制度であり、まだ制度そのものを知らないという方も少なくありません。

亡くなった後になると、寄与者本人から他の相続人へそういう話を言い出し難かったりもします。なので、確実に寄与者の方に財産を受取って欲しいという場合、生前に贈与しておいたり、生命保険で単独の受取人にしておいたりするなどの方法も考えてもよろしいでしょう。

なお、寄与分と寄与料で、取扱が細部にわたって異なります。

遺言公正証書の原案を書く

遺言公正証書の場合、ある程度の基本文章は決まっています。ただ、基本文章だけでは個々の事情を網羅することはできないので、そこに各遺言者の希望や親族の背景など踏まえ、遺言書の骨格的な部分を作っていきます。これを、ここでは「原案」と称します。

原案の中では、相続分や遺留分、どの財産を・誰に・どのくらい相続させるか等を書いていきます。

預金通帳

預金通帳は、現在から相続発生時までの間、当然ながら残高が変動しますので、金額をピッタリ書く必要はありません。

A銀行を長男に全部とか、B銀行は長女と次女で50%ずつといった書き方になります。

預金に関して通帳が複数ある場合は、A通帳は長男へ、B通帳は長女へ、C通帳は次女へなどに分けておくこともできますし、A通帳を長女と次女で50%ずつという記載も可能です。遺言書の作成が終わってから資金移動することも一考でしょう。

不動産

不動産はそのまま地番や地目㎡数など記載しますが評価額は将来に向かって変動しますので書きません。

なお、不動産については次のことを確認しておくのが望ましいでしょう。

越境の確認・私道の確認・抵当権の有無の確認(詳しく知りたい方は下記もご覧ください)。

なるべくであれば、不動産の共有(2分の1ずつ)は避けてください。

越境の確認

併せて、地積測量図を法務局から取り寄せて、登記されている土地の面積が現況とあっているかの確認(越境などしていないか・されていないか)して下さい。

他所の人が遺言書の土地に越境している場合や、その逆で遺言者の土地がよそに越境していることがわかった場合、確定測量などを行って、登記と現況が一致するように手続き申請しておくことが望ましいでしょう。

私道の確認

法務局で「公図(こうず)」という書類を取得し、遺言者の土地に面する生活道路が「公図の中で“道”」と書かれているところに土地が面していれば私道ではないので問題有りません。

もし、土地が面する道路部分に地番が振ってある場合、そこは私道なので、その地番の所有者が誰なのかを登記事項証明書で確認して下さい→所有者が県や市区町村であれば、そちらも問題有りません。

私道であり、かつ、一般の人が所有されていると登記されている場合で、そこに遺言者の持ち分がないとき・・・つまり、所有権の登記がないときは少し問題になります。

このまま生活を続ける分には問題有りませんが、不動産を売却するときに、私道の権利を有していない土地の売買となり、不動産業者等が仲介する際に、私道の権利の有無・取得について、価格交渉や売却額の減額を迫られることになります。今現在の私道の所有者と話し合いができるようであれば、私道の持分を今のうちに譲って頂く相談などされることをお勧めします。

私道の利用について、もし「通行地役権(つうこうちえきけん)」について所有者と利用者が合意した旨の書類でが存在しても、当時の(例えば故人同士の)合意であることが多く、今生きている人の名前では合意した覚えがない・・・というニュアンスでいらぬ揉め事へ発展する可能性もあります。通行地役権の合意書等が存在していても、やはり私道の権利を登記しておくことが望ましいでしょう。

住宅ローンなどの抵当権が消えていない

住宅ローンを組んで、銀行等の抵当権が付されたが、後に全て返済した後、抵当権を抹消せずに登記記録に残っている場合があります。登記記録に残ったままの場合、直ぐに抵当権抹消の手続きをされてください(司法書士が専門です)。

お金を借りた金融機関が、吸収や合併などで名称変更等している場合があります。その場合、手元に抵当権抹消に必要な書類がないときは(紛失等含む)、現在の承継先金融機関などを調べて、そちらに事情を話し、抵当権を消したいので、必要な書類をもらえないだろうかとお願いすることになります(これらのことも、司法書士に相談すると概ね解決致します)。

名寄帳(公課証明)

遺言者に所有の認識が無い不動産が存在しないか含め、市区町村役場の固定資産税を管轄する部署から、固定資産評価証明書(名寄帳、公課証明書などとも言う)を取り寄せて、遺言者の有する不動産を正確に把握されることをお勧めします。

毎年4月に来る「固定資産税納税通知書」には「課税される不動産」の目録だけ表記されていて、「課税対象外の不動産(特に、山林、原野、田畑、私道など)が載ってきません。公課証明(こうかしょうめい)は、市区町村役場で不動産一つごとに数百円で取得可能です。

分からないときは市区町村役場に登記事項証明や過去の固定資産税通知書を持参して相談すると良いでしょう。

付言事項

付言事項とは何かというと、いわば親から子へのメッセージのようなもの。何行書いても構わないですし、その内容も厳密な制限はありません。付言事項は遺言書の文末に記載されます。

法的な効果が生じる部分ではないですが「なぜそのように相続させることにしたのか」など、杓子定規の文言だけでいらぬ誤解など招かぬよう、遺言者の心のこもったメッセージを「付言事項(法理的な拘束力はない)」に、記し、原案を書き上くのが望ましいでしょう。

付言事項は公証役場でも助言してくれますので、それにご自身の想いも上乗せして示されると良い文面になっていくものではないかと思います。

遺言執行者を選んでおく

遺言執行者とは、遺言に書かれた通りに相続財産を振り込んだり、名義変更したりする手続きを執り行う人のことです。

基本的には、遺言書の中に名前等を書いて選んでおきます(長男を選任しておくなど)。

遺言執行者になると、相続発生後、残った財産の一覧表を作成したり、勝手に遺産を使ったりしないようにして下さいといった内容含め、相続人全員へ、自分が遺言執行者に就任したことを通知する義務などがあります。

一定の労力が求められるので、お身内であれば若くてしっかりした人。そういった心当たりがなければ、士業などの専門家に頼んでおくのが望ましでしょう。

なお、遺言書作成時に執行者を誰にするかを決めきれなくても、現時点で最も頼れそうな人の名を第一順位で書き、第二順位で専門家や次に頼れそうな候補を書いておくなどしておくのも一考です。

執行者にお名前が挙がっている人全員が辞退された場合は、最終的に執行者無しで、遺言書内でその財産を相続する人が直接手続きを行うことも許容されています(2024年11月時点での法務局の見解)。

執行者不在で遺言書内容を実現するときは、別途専門家に依頼することも可能です(その際に遺言執行者が全員辞退している旨を専門家や法務局に伝えてください。

可能であれば辞退した人からのその旨の書面などもらっておくとスムーズかもしれません)。

証人2名以上

遺言公正証書の作成を完了させるには、一定の親族以外の2名以上の証人の立会が必要です(※親族以外の範囲については割愛します)。

ただし、財産や相続人の内容を知られることにもなるため、赤の他人というわけにもいかず、

そのうえ、一定の親族以外となると、想像よりも現実的に厳しい条件ではあります。

だれを証人とするかは、公証人からもアドバイスを頂くといいでしょう。

もちろん、士業などの専門家が証人となる場合もあります。

遺言公正証書の完成まで

①公証人役場に電話する

②相談して概要伝える(電話やFAX、Eメールのほか公証役場に行くなど)

③言われた書類を揃える(自分の出生〜現在までの戸除籍、相続人の現在の戸籍、遺言執行者になる人の住民票か戸籍の附票、遺言者の印鑑登録証明書、公証役場相談時の預金通帳の残高ページの写し、土地建物など含めた不動産登記事項証明書、信託等の金融商品の証書の写し、その他公証役場で言われたものすべて)

④分け方を決め遺言の文章を作る(遺留分・相続分、遺言書の全容のほか、遺言執行者、付言事項など)

⑤法令や遺言書の様式・公正証書にして大丈夫かどうかの最終確認をする

⑥公証人や証人2名の予定を聞いて、遺言書を正式に公正証書にする日時を調整する(※公証役場・出張費を払えば自宅等でも作成可能)

⑥当日は実印、印鑑登録証明書、身分証など各自必要なものを持参する(公証人に確認して漏れが無いよう、証人にも持参物を伝える)

⑦遺言者、公証人、証人2人が机を囲み、公証人がみんなの前で遺言書を読み、相違がないかを確認する

⑧問題なければ、すべての書類に必要な署名押印を施し完成

⑨その場で正本や謄本が交付(原本は公証役場で保管)されて終了
※所要時間は30分程度

遺言書の保管

公正証書の遺言を作ったはいいけど、では相続発生時までの保管方法は何が安全なのか・・・考えれば考えるほど意外に困る部分です。

もちろん自前での保管も問題はないですが、その場合、自分が病床に伏せて動けなくなったり、急死したりなど予期せぬ場合でも、誰かが発見して相続人の前に出てくるようにしておくことが必要なので、そういった保管場所をよく考えて置く必要があるでしょう。

こういった事から、例えば、遺言執行者に選んだ長男に預かってもらうとか、金融機関の貸金庫に保管する(このことを長男などに伝えておく)などの方法も検討されるとよろしいのかもしれません。

いずれにせよ、せっかく作った遺言書が日の目を見る前に、遺言書が存在しないのを前提とした遺産分け(遺産分割)になってしまわないよう、しっかりとした保管態勢を整えてください。

原本・正本・謄本

遺言公正証書を作ると、原本、正本、謄本の3種類が出来上がります(内容はすべて同じだが、効力等が異なる)。

原本

遺言者、証人2名(以上)、公証人それぞれが署名・押印したものになります。

原本と同時に正本と謄本も作成されますが、これらには署名・押印しないので、この原本が遺言書の唯一のものとなります。

正本

原本に代わって、相続手続き(不動産の登記変更など)を行う際に使用されます。

正本には、表紙や一枚目に赤いスタンプが押印されており、文中の最後に「正本」である旨の記載がされています。

遺言を執行する人が保管されたほうが良いでしょう。

紛失した場合、再交付には厳密な要件があるため、慎重に保管場所等を考えられてください。

謄本

謄本では相続の法律的な手続きを行うことはできませんが、遺言書が存在や内容を知ることができます。

遺言書に沿って資金移動や生命保険加入を再検討する

現金など

例えば、預金の分け方について遺言書の中ではA銀行を長男へ、B銀行を次男へ、C銀行を長女へなどと分けていたとします。

現在は、A銀行に700万円、B銀行に250万円、C銀行に250万円の残高だったとしましょう。

この場合、ABCに平等に分けてあげたいのであれば、A銀行からBCにそれぞれ150万円ずつ資金移動して、ABCの銀行通帳すべてが400万円とするよう調整することなどが考えられます。祭祀法要を執り行う人、生命保険を別に受け取る人、不動産を相続する人などで、考え方は変わってきます。

生命保険

生命保険については、遺言公正証書に記載する必要はありませんが、現金の分け方や相続税の問題、特別寄与や贈与を検討しているなど様々な事情を考慮して、特定の人が比較的簡単に受け取ることが出来る生命保険の加入も一考でしょう。

既に加入している生命保険があれば、これを機に、そのままの契約内容で問題ないか、作成した遺言書と照らし合わせるのも大事なことかと思います。

場合によって、受取人や受取割合を見直すということも生じるかもしれません。

さいごに

公正証書遺言には、次のようなメリットがあります。
遺言内容の信用性が高く、遺言の有効性についての揉め事が起き難い。
公証役場が遺言書の原本を管理するため、偽造の恐れが非常に少ない。
家庭裁判所で検認手続を経る必要がないので、相続の開始後、速やかに遺言の内容を実現できる。
なお、誰が何を相続したかを、あまり公にしたくないというときは、法令で許容されている範囲で合法的な記載等を遺言書に施し、そういう心配を和らげることが出来る場合もあります(※方法は多岐にわたり複雑なものが多いため、ここでは割愛します)。

 

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