遺言書の作成って1通だけと皆さん思い込まれていると思いますが、実はそうではないんです。私も実務で公証人と打合せしますが「財産別」「相続人別」などに分けて、2通、3通と作成することは法律で禁止されているわけでは有りません。私の事務所では最も多いケースで相続人16名・遺言公正証書5通を作成したことも実際あります。その時のお話から入ってみましょう・・・
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遺言公正証書5通・相続人16名(遺留分権利者はいない)
相談者(遺言者)の出生〜現在までのものと、相続人16名の戸除籍を取揃えたところ、配偶者はすでに死別していて、お子さんもいない。実母・異母の兄弟姉妹が本人含め9名おり、そのうち6名が死去してその代襲の甥姪が14名。つまり、配偶者も直系血族もいなく、相続人は兄弟姉妹と代襲の甥姪のみのため、遺留分権利者がいない兄弟姉妹2人、甥姪が14人の合計16名(※第一順位の配偶者・直系血族がいないので、次の順位の兄弟姉妹で、その兄弟姉妹死別の場合は代襲の甥・姪)が相続人となる。
相続人間では、面識どころか存在すら知らない方々もおり、自身が相続人になることすら全く認識がない人も少なくない。相続税の申告が10ヶ月以内。この財産総額を1枚の遺言書で行うと、まとまる話もまとまらない可能性も否定できない。そういった事から旧家督の地位に当たる人、実の兄弟姉妹・半血兄弟姉妹、面識ある者同士のグループ、相続自体させない(遺留分がないので問題ない)グループに分け、「誰が何をどのくらい相続したか?」・・・これがなるべく知られぬよう、さらに財産別・相続人別に分け、合計5通の遺言公正証書を作成することになった。
遺言の原案を書く
金融機関用
七十七銀行(仙台の主要金融機関)の預金を、
相続人Aへ4分の2、
BとCへは4分の1ずつ相続させる・・・
銀行のお金を相続させるときは・・・
例えば、金融機関の預貯金を相続させる場合をイメージ下さい。
遺言公正証書には、〇〇銀行・普通・口座番号・・・・・・・と記載はしますが、その口座の具体的な金額は記載しません。
理由は簡単で、遺言書を作った後も生きている間は、年金が振り込まれたり、電気代を引き落とされたりと、入出金を繰り返すからです。
なので、相続時にピッタリの金額を記載することは現実的に不可能。
したがって遺言書には「〇〇銀行の預金の、全部・50%(2分の1)・3分の1・3人で均等に・・・」など、お金でなく%や割合で書きます。
不動産用
基本的に共有は避ける
土地と家屋はそのすべてを〇〇へ相続させる・・・
不動産を2分の1ずつなどの共有で相続させることは基本的に避けましょう。そのとき良くても次世代以降の相続時に複雑になっていき、原始的な紛争の火種になることが少なく有りません。
越境の確認
併せて、地積測量図を法務局から取り寄せて、登記されている土地の面積が現況とあっているかの確認(越境などしていないか・されていないか)して下さい。他所の人が遺言書の土地に越境している場合や、その逆で遺言者の土地がよそに越境していることがわかった場合、確定測量などを行って、登記と現況が一致するように手続き申請しておくことが望ましいでしょう。
私道の確認
法務局で「公図(こうず)」という書類を取得し、遺言者の土地に面する生活道路が「公図の中で“道”」と書かれているところに土地が面していれば私道ではないので問題有りません。
もし、土地が面する道路部分に地番が振ってある場合、そこは私道なので、その地番の所有者が誰なのかを登記事項証明書で確認して下さい→所有者が県や市区町村であれば、そちらも問題有りません。
私道であり、かつ、一般の人が所有されていると登記されている場合で、そこに遺言者の持ち分がないとき・・・つまり、所有権の登記がないときは少し問題になります。
このまま生活を続ける分には問題有りませんが、不動産を売却するときに、私道の権利を有していない土地の売買となり、不動産業者等が仲介する際に、私道の権利の有無・取得について、価格交渉や売却額の減額を迫られることになります。今現在の私道の所有者と話し合いができるようであれば、私道の持分を今のうちに譲って頂く相談などされることをお勧めします。
私道の利用について、もし「通行地役権(つうこうちえきけん)」について所有者と利用者が合意した旨の書類でが存在しても、当時の(例えば故人同士の)合意であることが多く、今生きている人の名前では合意した覚えはない・・・というニュアンスでいらぬ揉め事へ発展する可能性もあります。通行地役権の合意書等が存在していても、やはり私道の権利を登記しておくことが次世代への
名寄帳(公課証明)
遺言者に所有の認識が無い不動産が存在しないか含め、市区町村役場の固定資産税を管轄する部署から、固定資産評価証明書(名寄帳、公課証明書などとも言う)を取り寄せて、遺言者の有する不動産を正確に把握されることをお勧めします。毎年4月に来る「固定資産税納税通知書」には「課税される不動産」の目録だけ表記されていて、「課税対象外の不動産(山林、原野、田畑、私道など)が載ってきません。市区町村役場で不動産一つごとに数百円で取得可能です。
付言事項
なぜそのように相続させることにしたのかなど、杓子定規の文言だけでいらぬ誤解など招かぬよう、遺言者の心のこもったメッセージを「付言事項(法理的な拘束力はない)」に、記し、1通1通原案を書き上げていく。
遺言執行者を選んでおく
遺言に書かれた通り、遺産である銀行のお金を相続する人の口座へ振込んだり、土地や建物を相続する人に名義変更する手続きをしたりする人として、遺言者が生前に選んでおく人のことを言う。お身内でも、士業(行政書士など)関係者でも構わない。ただ、一定の労力が求められるので、お身内であれば若くてしっかりした人。そういった心当たりがなければ、士業などの専門家に頼んでおくのが望ましい。
遺言作成から公正証書の完成まで
言うまでもなく中々の労力が求められる。
あくまで私の事務所で「遺言公正証書の作成までのすべて」を任された場合の流れを記してみるが・・・
①最初に遺言者・相続人になる人達の戸除籍をすべて取得し、公的な書類で「相関関係」を明らかにする。
②次に、遺産となる見込みの財産のすべて(現金・預貯金、金融商品・生命保険、不動産など)の一覧を明らかにする。
③それぞれの遺産を、どの人に、どれくらい相続させるかを確認する。
④遺言者の希望通りになるよう、(ここでは5通)の遺言書の原案と付言事項を書き上げていく。
⑤原案等に問題ないことを遺言者に確認した後、公証役場と打合せを開始する
⑥原案等を下に「遺言公正証書」の正式な様式に落とし込む
⑦「正式な様式」が完成したら、公証人・遺言者・立会証人2名以上(※近親族は証人になれないため、私含む士業関係者2名)の日時調整
⑧当日は、公証人が正式な様式を遺言者に読み聞かせ、間違いないことを確認後、その場にいる全員が署名押印を遺言書に施していく
⑨遺言公正証書の完成
このようになる。原案等を正式な様式に落とし込むまでは、一定の時間を要するも、作成当日はものの数十分で終わることが殆どである。
遺言書の保管
私の事務所でもお預かりするが、その場合は、帯安行政書士事務所の名において、銀行の貸金庫での保管となる。そのため半年に一度1万円〜2万円の貸金庫利用料をご負担頂いている。
もちろん自前での保管も問題はないが、その場合、自分が病床に伏せて動けなくなったり、急死したりなど予期せぬ場合でも、誰かが発見して相続人の前に出てくるようにしておくことが必要なので、そういった保管場所をよく考えて置く必要があるだろう。仮に自分の名で貸金庫契約をしたとしても、相続発生を原因に口座凍結されたりすると、それと同時に貸金庫も解錠できなくなり、銀行の対応などそれらの手続きをしている間に、金庫の中の公正証書で作った遺言書の意味合いを失ってしまうことも珍しくないため、自分の名で貸金庫契約をして遺言公正証書を保管しようとする場合も、銀行担当者などの説明や助言をしっかり聞いて行動に移すことをお勧めする。
遺言公正証書を作った、そのあと・・・
銀行のお金を相続させるとき・・・
例えば、金融機関の預貯金を相続させる場合をイメージ下さい。遺言公正証書には、〇〇銀行・普通・口座番号・・・・・・・と記載はしますが、その口座の具体的な金額は記載しません。理由は簡単で、遺言書を作った後も生きて間は、年金が振り込まれたり、電気代を引き落とされたりと、入出金を繰り返すからです。なので、相続時にピッタリの金額を記載することは現実的に不可能。したがって遺言書には「〇〇銀行の預金の、全部・50%(2分の1)・3分の1・3人で均等に・・・」など、お金でなく%や割合で書きます。
生前贈与
生前贈与と言っても、なぜそれをするのかの意味合いを知っておくと、「贈与するべきか・するべきでないか」を今より理解できると思う。
ただ、生前贈与は「相続税対策」という趣旨が最も色濃いため、先に「相続税の申告」とはどういうものか知っておいて頂きたい。
相続税の申告とは
今回の相続人16名の例で、もし相続税を納税するくらいの遺産総額となっている場合、全員が連名で「相続人Aの私は〇〇銀行から1,000万円相続しました」「相続人Bの俺は生命保険を2,000万円もらいました」「相続人Cの自分は土地と建物を頂きました」「・・・私は現金100万円だけでした」「・・・私は1円ももらってません・・・」・・・この調子ですべての相続人同士、「誰が・何を・どのくらい」相続したか「見せあいっこ」する形になります。もちろん、これは避けれるのならそうした方が良いでしょう。更に言うなら遺言公正証書5通も作成して、せっかく誰に何をあげるか「内密」にしていたものも、ほぼ意味合いなくなるのも言うまでもありません。
相続税の計算
今回の16名の例では、相続税の控除(課税される税金が控除される部分)が、基礎控除3,000万円、相続人数控除9,600万円(相続人16人×600万円)、生命保険人数控除約6,500万円(本来は500万円×16名=8,000万円まで控除できるが、遺言書作成時点で6,500万円までしか加入しておらず、かつ、令和6年4月現在は満91歳以上は新たに生命保険契約ができないため、契約済みの6,500万円を控除する)。
①次に遺産総額。(数字は約)現金・預貯金が4つの金融機関合計で1億6,500万円、生命保険総額6,500万円、不動産が約3,000万円=2億6,000万円
②相続税の課税を免除される金額、これらの合計が、3,000+9,600+6,500=1億9,100万円
③上記の①2億6,000万円−②1億9,100万円=6,900万円
④相続税率6,900万円(下図の赤いマークの行が該当)
6,900万円−700万円=6,200万円
6,200万円×30%=1,860万円
この場合、1,860万円の相続税を納税する義務が生じます。
相続税豆知識(養子縁組と相続税)
子がいない場合養子縁組という手法もありますが、養子が誕生すると養子のみが相続人となり、兄弟姉妹・甥姪は相続人でなくなります。すると相続人控除が16名で9,600万円あったものが600万円のみとなり(生命保険控除も8,000万円→500万円に激減)、相続税を回避するのはかなり難しくなるので注意が必要です。なお、生前に養子縁組を届出て、その後相続発生してから「死後離縁」を届出ても、相続発生時の相続人は養子と扱われます。そして、離縁によって養子は相続権を失い、兄弟姉妹等に相続権が移行したとしても、非課税枠は相続発生時の「養子一人のみ」となります(つまり控除は1名分、相続人は16名という構図)。子がいないから揉めないように養子縁組を考えるのは一つの考えですが、遺産総額が多いときは慎重に検討することが求められる。
生前贈与して相続税を回避する際の正しい贈与方法
今現在相続人、もしくは遺言効力発生までに「相続人となる可能性のある人」は、贈与を受けて3年(法改正で3年〜7年に伸びます)以内に相続が生じると、受けた贈与分が無効となり、相続財産に計上されます。すると、遺産減らしのために行った「贈与が実質無効になる」ので、相続税が発生する可能性が出てきます。
受贈者(贈与を受取る人)の選定
前述したように、受贈者の選定は重要です。特に考えず「息子に、娘に、孫に」と親しい人たちに生前贈与していくと、贈与後すぐ相続が発生すると大変です。
少し理解と協力・話し合いが必要だと思いますが、確実に相続税の課税申告を避けるのであれば、近親者ながら「相続権を持たない人」
例えば、
1 相続人の配偶者
2 叔父叔母の相続なら甥姪の子(代襲相続は甥姪まで)
3 親族の遠近不問で、相続人以外でも贈与したいと思っている人
このような方々への贈与に目を向けてみるとよいかと思います。
このように、生前贈与で相続税課税申告を避けたいのであれば、贈与が無効にならないような親族に受贈させるのが効果的です。もちろん、受贈者は親族でなくてもよく、友人や知人でも可能です。
贈与税の課税・申告
・受贈額に応じた贈与税が発生します(1/1〜12/31の間で110万円までは非課税)。ただし、110万円非課税というのは、贈与を受ける側の人に対してとなります。例えば受贈者Cが、期間内に叔父Aから110万円受贈、叔母Bからも110万円受贈すると、Cは年間220万円受贈したことになりますから、この場合贈与税の課税対象となりますのでご注意ください。
下記は国税庁で公開しているR6年4月現在の贈与税率の一覧になります。税率や計算が、親等で微妙に変わるので、贈与時には今一度専門家の意見や税務署への問合せなどを通じ、確かな知識と手順で求める効果が生じるようにしてください。
贈与税は年明け2月中旬〜3月中旬が申告納税期間となります。
贈与の豆知識(贈与と相続時精算課税制度の違い)
「相続税払いたくないので、生きてる間に息子や娘へ土地・建物を譲っても1名あたり2,500万円までは贈与税がかからないという、相続時精算課税制度」をお願いしたい・・・こういったニュアンスで来所される方が時折いらっしゃいます・・・その方とのやり取りですが・・・
相続時精算課税制度
・・・私から「遺産としては、土地以外に何がありますか?」と聞くときいたところ「預貯金・投資信託等・生命保険(1,000万円分の加入)だけで総額5,000万円くらいあり、土地と建物も合わせると9,000万円くらいになる。相続人が息子・娘の2名なので、このままだと相続税がかかると思う」とのこと。確かにそうで、基礎控除3,000万円・相続人数控除2名×600・生命保険控除2名×500・・・これらを足すと相続税の非課税枠は5,200万円までとなる。
9,000万円−5,200万円=3,800万円を相続税率で反映すると、3,800−200で3,600万円となり、これに相続税率20%を乗じると、相続の納税額は720万円となる計算。
この「3,800万円」の部分をなくすため、相続時精算課税精度を使って、娘と息子に土地や建物4,000万円分相当を譲ってしまえば、相続税を払わなくてよくなるのではないかとの考え。ただ、残念ながら「そういうことではない」のです。極論、相続時精算課税制度は相続税対策としての「遺産減らし」の効果はほぼ期待できません。
その理由は、「贈与税は一人2,500万円まで課税しない」けど、相続時には、譲ってもらった不動産と、お母さんが亡くなった際の現金や生命保険を合算して(噛み砕くと、「相続時」に「精算」して「課税」すると言う「制度」)相続税の申告が必要かどうか算出してくださいね・・・こういう制度だからです。
すごく簡単に言うと、
「相続時精算課税制度では相続税の計算上は遺産は1円も減っていない」
という取り扱いなのです。
確実に遺産を減らせるのは「生前贈与」のみ
一方、毎年110万円までは非課税という生前贈与は、確実に遺産が減っていきます。贈与税を納めてでもモットあげたいというときは、贈与税率と睨めっこしながらやってみるのも良いかと思われます。弊所の事例では500万円贈与して53万円を贈与税として納めるケースがよくあります(計算上無難な数値に落ち着くことも要因でしょう)。
110万円を10人へ・・・500万円を2名へ・・・いずれにせよ、贈与者・受贈者(受け取る人)ともに、直筆署名と実印(受贈者が18歳未満の場合は親権者の実印・署名)を施し、どの通帳から何年何月何日頃までに受贈者の指定口座へ振り込むこと・・・こういった内容を約した「贈与契約書」の作成が必須です。
加えて、贈与・受贈後の通帳の写し、翌年の贈与税申告と納付済みの証書を、贈与者が亡くなるまで保管することが求められます。