生前贈与とは、自分が生きているうちに財産を他者に無償で与えることです。相続とは異なり、財産を与える相手やタイミングを自由に選ぶことができます。生前贈与を行う主な目的は、相続税の負担を軽減することです。財産を先に贈与しておけば遺産総額が減るため、相続税の節税対策として効果的です。
生前贈与を検討する
生前贈与は本人が自由なタイミングで特定の相手へ贈与できるので、自分の思いを正確に相手へ伝えたり、喜ぶ相手の顔をしっかり目にしたりすることができます。
生前贈与は相続人以外にも出来る
生前贈与はお子さん世帯全員へも可能
生前贈与はなぜするのか
相続税の負担を減らす
相続発生時に一定の財産を超えた部分に高額な相続税が課せられます。できれば相続税を払いたくないというのが一般的な考え方になると思います。生前贈与をすることで、相続財産を減らし、相続税の負担を軽減できることが一つの理由とも言えます。
なお、相続税がかかるくらいの遺産となっているときは、管轄する税務署へ相続税の申告が必要です。相続税の申告は遺産を受け取った人全員(相続人その他相続人以外の人)で行うため、「どの人が・どの財産を・どのくらいもらったか」が、一目瞭然となります。こういった事をなるべく避けたいと思うときは、相続税を払わなくてもよくなる所まで、生前贈与をしておくことも検討してみましょう。
贈与して、若い人に財産を活用してもらう
相続税の対策という視点以外でも、例えば、高齢になったお父さんから息子さんなどへ、土地や現金などを贈与することで、若い世代に不動産を有効活用してもらうことも一考です。
住居を充実させ、場合によって賃貸収益を得たりすることも可能でしょう(※詳細は割愛しますが、不動産の生前贈与は一般的に税金が高額になるため、相続時精算課税という制度の利用も検討したほうが良いでしょう)。
現金であれば元本割れがしないような安定した利回りの社債や株式等などの金融商品で運用し、配当金等を地震火災保険や自動車税、リフォーム、冠婚葬祭などに備えた貯蓄へ、効率的に回したりすることも出来るかもしれません。
相続のときのトラブルを未然に予防しておくことができる
生前贈与によって、例えばお父さんの名義だった土地と建物が、お父さんが生きてる間に長男さんの名義に変わります。
長男さんの名義になっている土地と建物はお父さんの物では無くなっていますので、原則として、相続財産には入りません(※贈与後一定の期間内に相続が発生すると、場合によって、相続財産に計上するというルールもありますが、詳細は割愛します)。
生前贈与を行うときに
現金の場合
贈与者と受贈者で、直筆の書名と押印を施します。そして、贈与者のどの銀行の通帳から、受贈者のどの銀行の口座に振り込むかを書きます。
必ず「贈与契約の締結日」と、「振込期限日」を記載しましょう。贈与者の口座から受贈者の口座へ振込することで、金融機関に証拠が残り、双方には通帳などへの記帳で(不正な贈与でないことなどを)証明ができます。
したがって、双方に振込した日・された日がわかる、
通帳のコピー
振込用紙の控え
贈与契約書
これらを一定期間、大切に保管しましょう(いつでもプリントできるように、データにしてパソコン等で保管するのもよいでしょう)。
なお、贈与を受けた現金等は、受贈者が自由に使えるようにしておくことも、求められる要件の一つとなっています。
不動産の場合
不動産を生前贈与するのであれば、登記内容も変更することになります。
不動産を、登記原因:贈与で名義変更するとき、贈与税とは別に「登録免許税」という税金が2%かかります。1,000万円の評価額だと20万円です。
受贈者に未成年がいる場合
受贈者に18歳未満の未成年者の方がいるときは、基本的にお父さんやお母さんなどの法定代理人が、未成年の受贈者に代わって、両親で贈与契約書に署名押印等を行います。そのため、両親と未成年の受贈者が親子であることがわかる戸籍も必要です。
贈与税
110万円を超える贈与を1月1日〜12月31日の間に行うと、超えた分について贈与税がかかります。
現金だと数字の管理がしやすいですが、不動産の場合はそうではありません。
例えば不動産の評価額が1,000万円のものを父から長男へ贈与したとします。非課税分の110万円を差し引いても890万円。890万円だと90万円の控除がありますので、課税額は800万円となります。800万円の場合贈与税率が30%なので、納税額は240万円となります(この他に不動産取得税が課されますが、ここでは割愛します)。
240万円という税金を収めるのは避けたいところ。こういう場合、一般的によく利用されるのが相続時精算課税制度です。
相続時精算課税制度とは
「相続時精算課税制度」とは、受贈者(子や孫)が2,500万円まで贈与税を納めずに贈与を受けることができます。上記の例でいうと2,500万円以内なので贈与税は納税しなくて良くなります。
ただ、注意点として重要なのは、贈与者が亡くなった時に、その「贈与財産の贈与時の価額(前述した1,000万円の不動産のことです)」と、「相続財産の価額(前述した1,000万円の不動産以外の相続財産全て)」とを「合計した金額から相続税額を計算」することになります。
相続時に精算して相続税課税対象であれば相続税を課税しますよ・・というのが、相続時精算課税制度です。
非常に紛らわしいのですが、相続時精算課税制度を利用して生前贈与したものについては、相続財産が減ったわけではないということになります。
ですので、相続時精算課税制度は、相続税対策ではなく、贈与税対策のみであること、この機会に知っておくとよいでしょう。
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生前贈与についての法律が変わっていく過程について
令和6年1月1日以降に贈与を受ける方は、将来贈与者に相続が発生したとき、相続(相続人として財産を相続すること)又は遺贈(相続人以外の人が遺言書等で財産を受贈すること)により財産を取得した場合、その相続開始前7年以内に被相続人から贈与により取得した財産が ある場合には、その取得した財産の 贈与時の価額を相続財産に加算します。
例1)過去から令和8年12月31日までに行った相続人に対する贈与は、相続開始3年前にさかのぼって相続財産に計上することになります。
少し取り違えやすいのが、例えば・・・
忙しかったので、相続手続きは令和6年1月1日に始めたけど、実際にお父さんが亡くなられたのは令和4年12月31日だった・・・この場合、令和6年1月1日から3年遡るのでなく、お父さんの相続が始まったとされる、令和4年12月31日から3年遡ることを指します。これは昭和や平成時代の相続手続きにおいても同様の解釈になります。
例2)令和9年1月1日から令和12年12月31日の間に行った相続人に対する贈与は、令和6年1月1日に遡って相続財産に計上することになります。
こちらは、令和12年12月31日の7年遡るのが最も長い期間となり、令和9年1月1日の場合は、3年と1日で最も短い期間となります。
例3)令和13年1月1日以降に行った相続人に対する贈与はについては、一律7年前まで遡ることになります。
※以下例1)〜例3)を「法定期間内」と表現します。
相続人が贈与を受けていた場合
「法定期間内」に相続が発生し、相続発生後も遺産を相続した場合、贈与で受け取っていた財産は、相続財産として計上されます。これによって発生しないと思われていた相続税の申告が必要となることもあります。相続税の回避措置の一つとして、家庭裁判所への相続放棄の申述申立という方法があります(相続開始を知ってから3ヶ月以内など幾つかの条件があります。ただし相続人1名に認められている600万円と生命保険の500万円の各法定控除枠も消滅してしまいますので、放棄手続きを進行する前に、慎重な検討が求められます)。
相続人以外が贈与を受けていた場合
「法定期間内」に相続が発生し、相続発生後も遺産を受贈した場合、生前に贈与で受け取っていた財産は、相続財産として計上されます。これによって発生しないと思われていた相続税の申告が必要となることもあります。相続税の回避措置の一つとして、遺贈を辞退(受取拒絶)するなどの方法があります。
生前贈与時は相続人ではなかったが、相続発生時は相続人となっていた場合
例えば、配偶者と死別して子のいない高齢の叔母がいたとします。叔母の妹である実母は生前贈与時も存命で叔母の相続人でしたが、生前贈与後に叔母より先に実母が亡くなり、その後叔母が亡くなったときには、母の娘で叔母の姪である自身が代襲相続人となっていた場合などです。この場合は少し複雑な見識が必要となってきますので詳細は割愛しますが、一般的には、相続後の対応を検討するよりは、生前に遺言や生命保険などを活用して、こういう事態になっても対処できる準備を整えておくのが望ましいと考えます。
養子縁組と相続税
子がいない場合、養子縁組という手法もありますが、養子が誕生すると養子のみが相続人となり、兄弟姉妹・甥姪は相続人でなくなります。場合によっては、相続人控除枠も大きく減ってしまい、たとえ遺産分けが容易になっても、相続税の発生によって受け取るべき遺産の総額がかなり目減りしてしまうことがありますので、「争族」が嫌だからと安易に養子縁組を用いるのには充分な検討が求められます。
なお、生前に養子縁組を届出て、その後相続発生してから「死後離縁」を届出ても、相続発生時の相続人は養子のみと扱われます。そして、離縁によって養子は相続権を失い、兄弟姉妹等に相続権が移行したとしても、非課税枠は相続発生時の「養子一人のみ」となります(つまり控除は1名分、相続人は兄弟姉妹と甥姪分という構図)。重ね重ね、子がいないから揉めないようにと、養子縁組を考えるのは一つの選択しながら、遺産総額が多いときは慎重に検討することが求められるでしょう。
相続放棄と相続税
例えば、父が亡くなり相続人が長男だけだったとします。長男には子(被相続人の孫)が5名いるので、長男が相続放棄すれば次順位の孫たちに相続権が移り、5名分の相続税の非課税枠を用いれないものかというものです。しかし、残念ながら相続放棄して次順位の人が相続人となった場合でも、最初の順位の相続人数のみの非課税枠しか認められません。長男自身が放棄して孫たちで分けなさいという意図だけであれば問題ありませんが、相続税対策にはなりませんので、これを機にご周知下さったほうがいいでしょう。
さいごに
遺産を確実に減らす方法としては、ご自身で消費することのほか、一定額以内の生命保険に加入しておく、生前に贈与するなどの方法が一般的です。
ご自身で消費したり、生命保険に加入して配当金の給付を受けたりするのは、まだ自分の支配下に財産が留保されている状態なので抵抗は少ないかもしれませんが、贈与の場合そういった支配下から独立し、受け取った人のものに所有権は移っていきます。
もちろん、所有権の移った財産については、お身内であれ「人のもの」ですから、贈与した財産を支配下に置き続けるようなことはできません。
しかし、贈与する前に「なぜあなたに贈与するのか」や、「贈与する代わりにしてほしいことがある」など、節度はありますが、受贈者に一定のお願いをするような事は贈与契約前に話しておき、合意を得ておく事は可能でしょうし、その内容を贈与契約書内に反映させておくのも良いかと思います。